古代ローマ時代のテルマエ(大浴場)ってどんなお風呂?

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「テルマエ・ロマエ」を見られた方も多いと思いますが、古代ローマ遺跡にはお風呂の遺跡も数多く存在しています。
ローマ市内だけでも、およそ400もの公衆浴場があったとされるローマ帝国時代。
3世紀末の皇帝ディオクレティアヌスが建設させた帝国最大規模のテルマエは、
3000人収容できる規模であったと言うからびっくりですね。 

しかし、現在のローマで公衆浴場をみることはなく、それどころか毎日湯船につかる人も少ないようです。 
どんなお風呂でどのように入浴して、今はなぜなくなってしまったのでしょうか?

 テルマエは公共の社交場だった

日本人が入る入浴時間は、せいぜい30分~1時間程度だと思います。
しかし、古代ローマでは一日の内、実に数時間をテルマエ(大浴場)で過ごすという習慣が根付いていたようです。
そんなに長い時間、お湯に浸かっていたらふやけちゃう!!
と思うかも知れませんが、古代ローマのテルマエは浴場というより「公共の社交場」だったようです。
 
至れり尽くせりだったローマの浴場

現代のサウナに近い設備や、低温の冷水プールなど、日本で言う健康ランドのような設備があって、
場所によってはジムのようなものが併設された設備もあったようです。
浴場には理髪店やマッサー店なども併設され、浴室の床下に熱を通した床下暖房まで完備されていたというのだから驚きです。
さらに、体育館、ダンスホール、図書館、売店もあり、一大複合レジャー施設だったことがうかがえます。
きっとその次代のデートスポットだったに違いないですね♪
日本がまだ弥生時代の頃に、すでにジム!?
ローマ帝国がいかに進んだ考えや技術を持っていたか……。
また、テルマエには皇帝は民衆の支持率を上げるための政治的利用価値もあったようです。

ローマ帝国の衰退とともに消えた公衆浴場

大浴場の建設や維持には膨大なお金がかかり、巨大な富と権力をもつローマ帝国だからこそ運営できていたといえます。
ローマ帝国崩壊後は、ヨーロッパ全体に広がっていた公衆浴場も一斉に姿を消します。
それに加えて、キリスト教も深く関わっていると考えられています。
混浴も当たり前だった当時、男女が肌を見せ合うことはキリスト教にとって許しがたいこと。
各地で公衆浴場の閉鎖を余儀なくされました。

時代を越えてよみがえるテルマエの姿

現在のヨーロッパでは、温泉療法を医療の一環とみなし、健康保険適用になる国もあります。
単に湯船に浸かるだけでなく、様々な温泉療法があります。
泥浴(泥パック)、温泉水の湯気を吸引する、温泉水を飲む、手浴、足浴(部分浴)、浴槽の外で放水のように強い水圧で湯をかける圧注浴、浴槽内でジェット水流を用いた圧注浴や気泡浴などなど、様々な工夫で温泉水を利用しています。
専門医がいて、個々にあったプログラムに従って利用していきます。

これらから見ると、温泉水の力、そして入浴の素晴らしさは2000年以上も前からわかっていたんですね。

 

さて、今日の「お風呂クイズ」です。

★問題★

日本の各地で「温泉を発見した」という伝説がある仏教のお坊さんは、誰ですか?

①一休  ②松尾芭蕉  ③弘法大師  ④兼好法師

 

 

前回の解答はこちら~

日本の温泉地の数はだいたいいくつあるでしょう?

答えは・・・②約3000

 

 

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